概要
アッパレ!戦国大合戦は2人の男が命をかけて、大切な存在の為に戦った映画である。
2人の男とは、”おまたのおじさん”こと”井尻又兵衛”
そして、もう一人が野原一家の大黒柱である”野原ひろし”である。
この2人の男が、いかにして大切な存在を守ろうとして奮闘したか。
”又兵衛”と”ひろし”、彼らの劇中の行動を分析した。
その結果、実は彼らは互いに対となる存在だということが考察できた。
結論
- 又兵衛→想いを打ち明けず、武士であることを受け入れて、国を守り抜いた男。
- ひろし→妻と子供を最優先し、家族を守り抜いた男。
前提として、本作では”クレヨンしんちゃん”の主人公であるしんのすけは中心人物ではない。
本作のしんのすけは一貫して大人に守られる存在であった。
又兵衛と出会った戦場でも、泉で野伏りに襲われた時や、
又兵衛を心配し城の前線に行った時、敵の本陣で車中から出た時など
ひろしや又兵衛に守られる子供としての側面が強調されていた。
では本作の主人公とは、誰か。
誰を中心に物語は動いているのだろうか。
私は”又兵衛”と”ひろし”だと感じた。
身分の差から想いを打ち明けず、武士として国を守ろうとする又兵衛
突如いなくなった息子を探し、時代さえ飛び越え、家族を守ろうとするひろし。
この2人が織りなす物語が本作、「アッパレ!戦国大合戦」なのである。
又兵衛とひろし、それぞれ2人の活躍や言動を分析してみよう。
又兵衛
武士という身分
又兵衛は生まれた時から名家であり、春日城主・康綱に仕える武士として生きてきた。
戦の前線に立つ指揮官であり、敵軍には”鬼の井尻”と呼ばれるほどの実力の持ち主。
武士の中でも、上位に位置する身分である事が以下の理由から分かる。
- 城内に住居があり、仁右衛門という仕え人がいること。
- 青地に雲が特徴の固有の旗印を持っている事。
→固有の旗印は戦などで武勲や功績を挙げたものに所有が認められていた
叶わない想い
又兵衛は幼い頃から姫君である”廉姫”と交流があった。
武士という生き方しか知らない又兵衛にとって”廉姫”は特別な存在だった。
美しく、姫という立場に囚われず自由に振る舞う姿に、
又兵衛は身分ちがいの恋心を抱いてしまったのだ。
戦国時代において、大名の娘は国を守る為、政略結婚が当たり前だった。
春日のような小国において、廉の政略結婚は国を守る重要な要素だった。
それを理解しているからこそ、又兵衛は恋心を決して打ち明けなかった。
しかし、30歳になっても未婚という事実が、廉への隠しきれぬ想いの強さが分かる。
当時の男性の結婚適齢期は15歳前後だ。
又兵衛のような武勲を挙げた有能な武士なら尚更、結婚の機会はかなり多かっただろう。
弟を失った又兵衛にとって、自身が井尻家の血筋を残さなくてはいけないという重要性を理解していたはず。
にも関わらず、又兵衛は未婚である事を選んでいた。
実直で5才児相手にも嘘がつけない又兵衛らしい選択だ。
廉へのそれほど強い想いを持ちながら、
死ぬかもしれない敵陣への特攻を前にしてもなお、又兵衛は好意を伝えることはしなかった。
失っていた家族
外は敵で満ちているっ!!だがここは我らが生まれ育った土地っ!!何も恐れる事はないっ!!
2002年映画「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦」
又兵衛は30歳という年齢にして孤独の身だ。
父と弟を戦で、母は病で亡くしている。
戦国時代は彼のように家族を亡くした人は少なくない。
安定的に食料が得られない上に、度々起きる戦で亡くなってしまう。
戦国時代の庶民の平均寿命は30歳を切るという。
そんな又兵衛の数少ない心の拠り所は、仁右衛門一家と想い人である廉姫、
ひいては春日の国そのものだったのではないだろうか。
春日の国を守るためには、大群の大倉井陣営に対して、
指揮官である自身が前線に立つことで士気を上げるために、出陣するしかなかった。
彼なくして、春日軍は勝利は収められなかっただろう。
又兵衛に、守るべき妻と子や親がいなかったからこそ、なし得た行動である。
ひろし
いわゆる一般庶民
武士の中でも位が高い又兵衛だが、ひろしは商社に勤める一般庶民だ。
円安が続く現代では、高給取りに思えるひろしだが”クレしん”が制作された1990年代では違う。
バブル期の影響を受けて、公務員が安月給に区分されるほどの好景気だった。
35歳で係長という出世スピードも、決して出世街道まっしぐらではないだろう。
平凡な能力を持つ男が淡々と、家族を守るためひたむきに仕事を続けた結果、得た地位だ。
戦国時代では強くて、頭のキレる者が武勲をあげて出世していった。
資本主義の現代では、金を稼げる者が出世をする。
そういった意味ではひろしは凡庸な身分と能力といっても差し支えないだろう。
妻みさえとの出会い
北と南で生まれた二人が江戸で出会い、夫婦となって、
春日の私の一番好きな場所にすんでいるなんて
2002年映画「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦」
遠く離れた場所で生まれ育ったひろしとみさえ。
ひろしは秋田県出身で、みさえは熊本県出身だ。
ひろしは高校卒業後、上京。27歳のときにみさえと出会い、恋に落ちて結婚する。
一時期はみさえの父に嫌われてはいたが、付き合いを重ねていくうちに良好な関係になった。
普段はキレイな女性に弱く、浮ついた態度をとっているがみさえを心から愛している。
又兵衛と廉は同じ春日の国で育ち、長年親交があったにも関わらず、
身分の差により叶わなかった2人の恋愛とは対照的だ。
上記の台詞をその廉姫に言わせたのは見事な演出。
命をかけて守ろうとした家族
しんのすけのいない世界に未練なんてあるか? みさえが嫌だったら、俺一人でも行く。
2002年映画「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦」
本作において”ひろし”は子を守ろうとする父親の姿が強調されていた。
常識にとらわれず、しんのすけからの手紙を信じて時代を超えてしんのすけに会いに行った。
子供ながら無鉄砲に戦場にとびこんでしまったしんのすけを守るために、
幾度も殺し合いが眼前に繰り広げられる戦場へ単身飛び込む。
私が本作で一番ひろしをかっこいいと思ったシーンだ。
このシーンで原監督はしっかりと”ひろしの恐怖と葛藤”を描いていた。
ひろしは戦国時代の侍や武士とは違う。
武器を持っていなければ、戦に出たことももちろんない。
そんな非力な存在が、我が子を守るために”死”の恐怖”に打ち勝つ名シーンだ。
また、ひろしはタイムスリップする前、図書館で春日合戦(春日軍と大倉井軍の戦)の存在を知っていた。
家族だけは守るために戦に巻き込まれないように一刻も早く、元の時代に帰ろうとしていた。
対となる2人、そして矛盾。
又兵衛
- 武士の中でも、上位の階級であり、強い存在。
- 同郷の幼馴染だが、身分と立場の関係上、決して叶わない恋
- 守るべき家族はいなかったが、国を守るため命をかけた。
ひろし
- 当時では安月給扱いの一般庶民、年相応の係長という階級。
- 日本の北と南で生まれ育った2人の夫婦。
- 守るべき家族の為に、死ぬかもれない戦場へ幾度も立ち向かう。
身分や能力、恋愛や家族の有無など
明らかに対比を意識したかのような構図になった。
この何もかもが違う2人の男が、
互いに国や家族を命をかけて守ろうとした姿が心打たれるのだ。
だが、2人はただ対の存在になっているだけではない。
又兵衛とひろし、この2人にはある共通点がある。
それは最後には”矛盾した行動”を選択していた、という事。
武士を捨てたかった又兵衛
又兵衛のもう一つの呼び名である”青空侍”。
彼の旗印と時折、空を見上げてぼんやりとする姿からつけられたあだ名だ。
私にはこのあだ名が少々違和感を覚える。
”鬼の井尻”と呼ばれる彼の強さと、武士という立場を貫き通す彼の生き方に合ってない。
なぜ彼は空を見上げるのだろうか。
しんのすけと初めて出会った戦でも彼は空を見ていた。
人の生死がかかった戦で、指揮官が戦況の確認を怠って、
空を見ているのは正直、異常だ。
他サイトでは、叶わない廉姫への想いを憂いて、考察している方が多い。
もちろんそれも青空侍と呼ばれる所以の一つかもしれない。
私は又兵衛の劇中の行動もさらに分析して、もう一歩奥の考察をしたい。
考察するに彼は”武士という立場を捨てたかった”のではないだろうか。
又兵衛は15歳の頃から15年間、武士として戦に出ていた。
自身の家族を亡くし、想い人である廉姫に「武士は嫌い」と言われてしまう。
武士として生きる現実が、彼にとって限界が来ていたのではないか。
それを裏付けるのが以下の又兵衛の行動だ。
- 家柄を残せるのが彼しかいない状況にも関わらず、未婚だった。
- 大倉井の首を取り、国を守る絶好のチャンスで、首ではなく髷を取ったこと。
そして、しんのすけに語った最期の言葉がそれを決定づけている。
「おまえの言う通り、最後にそれをつかわないで良かった……。きっと姫様も同じ事を……」
2002年映画「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦」
正直この台詞を書いているだけで泣きそうである。
彼自身、武士でいることに悩んでいたのはないか。
だが、又兵衛は自身が武士として優れている存在だと自覚していた。
想い人である廉姫や国を守るためには、武士として生きなくてはいけなかった。
どうしようもない現実から目を背けるように、
彼はしきりに青空を見ていたのではないだろうか。
憧れた男を救うため、再び戦場へ戻ったひろし
幾度どなくしんのすけを守るべく行動していたひろし。
しかし、物語終盤まで家族の安全を最優先にしていた彼は、大胆な行動に出る。
春日部住人野原一家、義によって助太刀いたす! いざーっ!
2002年映画「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦」
逃走の途中、山から見下ろした春日軍の劣勢。
しんのすけの又兵衛や春日の国を思う問いかけに、ひろしはただ一点に戦場を見つめていた。
家族を守るためなら、このまま泉へ向かうか、元の時代へ帰れなかったとしても
廉からもらった金で拠点を変えて生活していくこともできたはず。
そうしなかったのはなぜか。
台詞では”義”と表されている。
野原一家が春日城を出る直前に交わした又兵衛たちとのやり取り。
国や野原一家を守るため、死ぬかもしれない特攻作戦を行う又兵衛。
大人であるひろしとみさえはその作戦の本質を理解していた。
涙をこらえていたが、又兵衛からひろしへ”家族を守るための刀”が渡される。
ついには大粒の涙をぽろぽろと流してしまう。
死を覚悟してなお、野原一家を思う男の姿に”義”と”憧れ”を感じただろう。
戦が終わり、ひろしはみさえに憧れのあまり、
「俺も侍になりたい」とこぼしていたのが何よりの証拠だ。
命を助けてもらった恩があり、憧れた男が死ぬかもれない。
しんのすけの問いに、明確に台詞ではなく行動で助けにいったひろし。
守るべきは家族と知りながら、又兵衛に義を返すために。
又兵衛は武士として生きていたが、
最期には人を殺めず、想い人や国を守れたこと。
ひろしは家族の安全を最優先にしていた平凡な男だったが、
最後には憧れた男を助けるべく、戦場へ向かっていった。
この2人の矛盾しつつも、選んだ行動が本作のエンディングを迎える重要な要素になっているのだ。
まとめ
アッパレ戦国大合戦とは
- 又兵衛とひろし、対となる2人が命をかけて大切な存在を守ろうとした男の物語。
- 2人が最後に選んだ矛盾した行動が、本作の最後につながっている。
じぇいく
侍に憧れたひろしにみさえは「無理よ」と微笑み、
「そうだろうな」とすぐ返せたひろし。
みさえは「家族を捨ててまで戦には出れない」というひろしの父親の思いを見抜いていた。
この短いやり取りでも夫婦でしかわかり合えない思いがあったと思うと……すごい映画。
彼女
切なくてクレしんらしさは少なかったけど、面白い!
鑑賞中、何度もひろしをかっこいいと思った。
とっさに「しんのすけにいない世界に未練なんてない」って言葉が出るのがかっこよすぎた…。
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